職人コラム12・日本製の家具工場の歴史と変化・昭和後期~平成


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職人コラムで前回昭和の木工所の話をしましたが
意外と反響があり書いて良かったです。
今回は昭和後期から平成にかけての家具業界のお話です

日本製の家具工場の歴史と変化 昭和後期~平成

段々と好景気の影が出てきた時代。
商品を作っても思うように売れなくなり、
種類を増やしたりマイナーチェンジを繰り返して
各社とも苦労していた時代です。

大体の家庭に欲しいインテリア家具が行き渡ったのか
脚物しか売れないといわれました。
脚物とはテーブル、ベッド、ソファなどです。

建売住宅にも下駄箱とか食器棚が標準で備わって、
あとはリビングの家具を各社先を争って開発していました。

この頃から家具メーカーとか問屋の倒産が相次ぎ、
製造会社は他の販路を一生懸命探していました。

家電量販店もチラシでの通販を止めていき、
デパートなどのチラシ通販も閉鎖していきました。

反対に全国展開の通信販売会社は
そのあたりから大きくなっていったように思います。

全国の家具製造業も通信販売に活路を見出そうと
商社経由で営業を掛けていました。

そのうち東南アジアからのインテリヤ家具の輸入が嵐のように襲ってきます。
最初は安かろう悪かろうでしたが、
その単価はとても日本製では真似ができない価格で
品質をお客様が判断してそんなに売れないとタカをくくってたと思います。

しかし、日本人の技術者が東南アジアに出向しはじめると
段々品質が良くなり日本製より安い価格で売られ始めました。
それと競争できるはずもなく大量に販売できる商品は輸入に取られ、

隙間商品に特化するかのように日本の製造業は
いろんなすき間商品を開発して生き残りを図っていました。
中には住宅産業に新しい活路を見出して生き残ったところもあります。

しかし、そこにも輸入の嵐が吹き荒れ、値段がどんどん切り崩されました。
今では東南アジアも賃金が高騰し、材料費も高騰しているので
以前のような低価格では日本に入ってきません。

では日本の製造業は安泰かといえばそうでもないです。
すでにたくさんの製造業が倒産してしまって、再建できないのです。
今度の日本のオリンピックでの建築関係の工事でも
下請けで実務をこなす会社が居ない状態です。

職人もとても足りません。内装業も同じことです。
結局日本のオリンピック景気も
海外の工場がフル稼働して支えるしかないのです。

長い長いデフレで国内の製造業は体力をなくし、
チャンスが来てもそれを物にできるだけの
体力が残ってない状態です。

そんな中でもまだまだ頑張る企業はあります。


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